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天命降る ~天職を超えた時、夢は志に~

序章 2

東京証券取引所での上場セレモニーとして、最初の鐘を僕が鳴らした後、続けて同志達が四回の鐘を鳴らした。全部で五回鳴らすのは「五穀豊穣」に由来し、企業の繁栄を願っての事だ。役員・幹部社員という同志達が残りの四回を交代で鳴らしている中、僕は二十四年前の会議の席を思い出していた。

一九九〇年に遡る。
社会に出てから二番目の会社での月例の実績会議。議題や報告も終わっていた。その日、会議の最後に、会社からある方針が伝えられたのだ。
「来月より、生活保護者の方や行旅死亡人(行き倒れの身寄りの無いほとけ等)のような方の葬儀は受けない事とします」
僕は耳を疑った。
(そんな馬鹿な方針があるかぁ!)
思わず立ち上がり言葉を発した。
「どういう事でしょうか? なぜ、受けてはいけないんでしょうか?」
怒りを抑えながらではあったが、口調は無意識に強くなっていた。僕の言葉に、間髪入れず役員の一人、川島取締役からの言葉が返ってきた。彼は一族ではない唯一の役員だ。けれど、日頃の勤務態度からも皆、分かっていた。一族の言いなりのイエスマンだという事は。
「我が社は全国でも有数の大手互助会です。そういう売上にならない末端の葬儀は個人葬儀社にやらせておけばいい。来月からは受けない方針に決まったので宜しくお願いします」
丁寧な言葉で言って一るが、反論を許さないという重圧が伝わってくる。
しかし、納得出来ない僕は言葉を止められなかった。

「僕はこの仕事に携わる者は、ほとけ様を分け隔てしてはいけないと教えられました。お金をもっていようがいまいが、会葬者が多かろうが少なかろうが、葬儀社はそこにほとけ様がいる限り、平等に精一杯お見送りしなければならないのではないでしょうか?」
最初に働いた山口時代の会社に教えていただいた、正しいと思っていた考えを、少し興奮気味に伝えた。
「そんな底辺の葬儀を受けていると底辺の葬儀がついてくるんだ。だから、今月いっぱいでそういう葬儀の依頼は断って下さい」
その言葉にますます怒りがおさまらなくなった。
「では、教えて下さい。会社の方針で我々、マネージャーや店長は、病院営業や警察営業をしています。例えばですが、生活保護者などが病院で亡くなった場合は、搬送の依頼が入り、病院から自宅へ搬送した後に生活保護者の方だと分かる場合があります。そんな時はどうしたらいいんですか?」
どのマネージャーや店長も当たり前に思い浮かぶ不安だった。だから僕は、そこにいた現場責任者の想いをも代弁したつもりで聞き返した。
「葬儀はお断りし、搬送料金だけその場で精算してもらうか、後で請求書を送ると伝えて帰って来なさい」
あっさりと言い放った。
僕はその言葉に「バンッ!」と会議テーブルを叩きつけるように両手でつき、立ち上がった。
「御言葉を返すようですが、病院との信頼関係の中には、そういう経済的に困ってる方々も分け隔てなく丁重に扱う葬儀社だという事で信用していただいているんです。警察だって同じです。そういう方の葬儀を断っていたら必ず、『なんだお前の会社は儲かる仕事だけ受けて、儲からない仕事は断るのか!』と信頼を失います。どうか、この方針だけは撤回して下さい」
僕は興奮状態の中、一気に吐き出した。
「もう方針として決まった事です。来月からよろしくお願いします」
ところが、僕の興奮状態を気にもせず、いとも簡単に言い返されてしまった。僕の湧き出る感情は、もう止められなかった。
「お願いします! ちゃんと業績はつくっていきます。売上利益はちゃんとやりますので、その方針だけは・・・・」
とまで言った瞬間、会議室に響き渡る怒号が僕を一蹴した。

「現場が何をごちゃごちゃ言っている! もう決まった事だっ!!」
言い放ったのは社長だった。凍りついた空気の中、言葉を発する事が出来ずにいた。力が抜け、崩れるように体を椅子に落とした。
「以上で会議を終了します」
総務部である事務局からの一言が、怒りと入れ替わるように虚しさを連れてきた。役員達は一斉に立ち上がり、会議室から出て行った。正しいと信じて進言した事がすべてはね付けられた。

(納得出来ない・・・・これでいいのか!? ・・いい訳がない・・・)
神聖な命の最期を生業とするこの仕事が汚された気さえしていた。

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